那須絹の行方

この那須には
宝道上人と吉林さんにまつわる
「那須絹のオコリ」
とうゆー伝説があんだけんど

その那須絹については
見た人も聞いた人も、東電、あ、当然
織ったっつう人にもでっかせず…
ほんとなんだか嘘なんだかも裸…定かではなかった
んだけんども~~

やっと
織ってたっつう人のうぢに行き合う事ができだんだよ。
夕方おぢゃましだんで、ゆっくら話はできなかったんだけんども
こん次がまたあっから!
きっといい情報が貰えると思んだ

福原八幡様への脇参道

福原八幡宮へいぐのに
今みだいな街道はなかったから
むがしはこの道で行っだんだよ。」
案内してくれだ永井さん。
DSCN9848.jpg
この畦も参道だった。
DSCN9849.jpg
この橋は
太鼓橋だったそうで金と銅ででぎでだ。
んで‟銅金橋(どうきんばし)”
雑巾橋ではないよ!!
八幡様信仰がすごかったんだんべか?!
DSCN9852.jpg

今の街道もむがしは一段低くなってで
両脇には杉が はいでだらしい。
むがしの日光の例幣使街道とおんなじだ!

鹿子畑翠桃の館跡

このお方は
松尾芭蕉さんのお弟子さんであり
大関の殿様の重臣でありましだ。
一説には
このお方がいだんで
芭蕉さんは14日もこの黒羽さ
いだともゆわれでいます。
DSCN9716.jpg
墓もあります。
DSCN9717.jpg
これまた、余瀬にあります。
あと
今気になっでんのは
「丹姓稲荷大明神」です。
探すぞう!!

修験道 光明寺の跡

那須与一が勧請した
光明寺跡
廃寺になってだどごを
那須の殿様が修験道の寺として
再興したんだね。
DSCN9712.jpg
江戸時代には
あの松尾芭蕉さんが、鹿子畑翠桃に口添えされで
見に来だようだねぇ。。。
DSCN9713.jpg
この石碑は、余瀬にあります。

磨墨が淵

磨墨っちゃ
確か小栗っちゅうお侍が乗ってた馬で
日光の花石神社に慰霊碑があったと思うんだけっとなぁ…。

…自分のブログで調べたら
ごじゃっぺだった(+o+)
花石神社

その磨墨が
跳ねてあるったのがここ。
DSCN9378.jpg
下流側はこんな感じ
DSCN9380.jpg
なんと!
ここって飛び込むわがいってぇが後をたたないんだとか(>_<)
死んだ人もいんだっつうから、ほどほどにな!なっ!!
DSCN9376.jpg

ほんでいだだいだ花束のユリんぼが咲ぎましだ
DSCN9391.jpg
プロフィール

さとう  もと子

Author:さとう もと子
世界でただ一人の民話漫談家(地域密着型体力勝負系リアリティ追求派だけんどもごじゃっぺ語り部)

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またMC等もご依頼下さい。
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